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会社員時代の決算と、起業1年目の決算の違い
「「決算」という言葉を聞いても、会社員時代の私は「あぁ、期が終わったんだな」くらいの気持ちでした。
会社勤めだった頃は、決算といえば「経理部や財務部がまとめてくれるもの」。
管理職だった私にとっては、4Q(第4四半期)のギリギリまで予算を追いかけて案件獲得に汗を流すか、
当期の予算達成が見えていれば次年度の種まきに動くか──毎年繰り返される、恒例行事のようなものでした。
予算達成度を眺めながら「今期はボーナスが少し期待できそうだ」と一喜一憂する。
それが、私にとっての“決算”でした。
しかし、起業して1年。
法人設立から初めての決算期を迎えたとき、私はそれまでとはまったく違う感情の中にいました。
税理士さんに提出するために、MoneyForwardで銀行残高を突き合わせ、
合わない掛金を一つひとつ精査し、通帳の入出金記録を確認していく。
淡々とした作業のはずが、数字を見ただけで、当時の情景が鮮やかに蘇ってくるのです。
「あ、この交通費は、藁にもすがる思いで参加した、あの交流会の時のものだ」
「この入金は、あの売上ゼロの崖っぷちの時に獲得できた、初めてのコンサル報酬だ」
数字の羅列の裏に、生々しい葛藤、冷や汗、そして少しの歓喜が張り付いている。
決算書とは、単なる事務処理ではなく、起業1年目の自分の生き様をまとめた「成績表」なのだと、身をもってしりました。
会社員時代、私たちは「税金の痛み」から守られていた
無我夢中で駆け抜けた1年。
多くの方に助けられ、なんとか初年度は利益を出して着地することができました。
「なんとか、生き残れた」──。
そう安堵の息を吐いたのも束の間、税務署から一通の封筒が届きました。
中に入っていたのは、「法人税(法人所得税)」と「消費税」の納付書。
「──そうか、会社になれば、税金も“自分で払う”ものなのか」
頭では分かっていたはずのことが、封筒の重みとともに、初めて現実として迫ってきた瞬間でした。
会社員時代も、当然、税金は払っていました。
しかしそれは毎月の給与明細の中で「天引き」という形で自動的に処理され、
税金が多いなと愚痴を言う。しかし、手取り額からこれ以上お金がひかれることはない。
税金を払う「痛み」を、直接は感じずに済むよう、
本当によくできた仕組みに守られていたのだと、今になって思います。
しかし経営者になると、その景色は一変します。
口座に振り込まれた売上は、はじめのうち、すべて「自分のお金」のように見えます。
そこから経費を引き、残った利益に対して、数十パーセントの法人税が課せられる。
さらにインボイス制度への対応等で課税事業者となっていた場合は、
お客様からお預かりしていた「消費税」も、期日までに納付しなければなりません。
これらを、自らの手で、銀行口座から国へと送金する。
経理部でも、財務部でもなく、この「私」が、送金ボタンを押すのです。
送金ボタンを押した瞬間の、あの残高
「こんなにごっそり、持っていかれるのか──」
送金ボタンを押した瞬間、画面の中の口座残高が、ガクンと落ちる。
つい昨日まで“売上”として積み上がっていた数字が、目の前で音もなく消えていく感覚。
「まだ、キャッシュが減るのか」
言葉にしがたい、なんとも重たい感触が胃のあたりに残りました。
これは、会社員時代には決して味わうことのない“痛み”でした。
勤め先の企業システムが、いかに私たちを、こうした金銭的・精神的な負担から守ってくれていたのか。
「気にしなくていい」という優しさを、いかに黙って提供してくれていたのか。
そのありがたみを、私はここでも──決算の締めくくりの場面で──改めて知ることになりました。

税金を払い、さらに来期に向けた運転資金(キャッシュフロー)として会社に現金を残す。
すると、経営者である「私自身」が自由に使えるお金(役員報酬)は、
ディレクター時代の「年収」には遠く及ばない数字になりました。
「こんなに土日も関係なく自分事として動き回ったのに、手元に残るのはこれだけか」
会社経営の難しさ、厳しさを身に染みて理解することができました。
貸借対照表(バランスシート)には載らない「資産」
しかし、私の中では「後悔」や「悲壮感」はほとんどなく、
代わりにあったのは、貸借対照表(バランスシート)の「資産の部」が、
起業時よりも確かに大きくなっている、というささやかな充実感。
個人の手取り額という「数字」だけを見れば、会社員時代より減りました。
自ら税金を納める、あの“痛み”も知りました。
けれど、この1年間で私が得たものは、決して銀行口座の残高だけではなかったと思っています。
決算書には載らない、「見えない資産」
1年の活動を通して、少しずつ増えていったお客様。
プロジェクトで肩を並べてくれる、心強いメンバーたち。
目が回るような忙しさの中でも、一枚、また一枚と積みあがっていったコンサルティングの成果物と資料。
そして、ほんの少しですが、確かに大きくなった会社。
さらには、このコラムで綴ってきた、一つひとつの出来事──。
会社の看板に頼らず、
「辻村裕寛」という個人の名前だけで信頼を獲得した手応え。
他社の安い見積もりに揺さぶられながらも、「自分の提供する価値」を信じて価格を守り抜いた経験。
そして何より、ひとり仕事の孤独に押しつぶされそうになった夜を越え、出会うことができたプロフェッショナルな仲間たちと、時を超えて神輿を担いだクライアントとの絆。
これらは、貸借対照表の「資産の部」には、一円も計上されません。
けれど──
会社という強固な鎧を脱ぎ捨て、生身の人間として社会と直接向き合ったからこそ得られた、
これらの「見えない資産」こそが、これから2年目、3年目の私を支えていく、最大の武器になるのだと思うのです。
決算処理を終えた、税引き後利益は決して大きな金額ではありません。
それでも、その数字の背後にある1年間の景色を、私はゆっくりと思い返していました。
──よくここまで、たどり着いたな。
そんな独り言が、口の中で小さくこぼれた、静かな夜でした。
「最適化」を手放し、「味わう」人生への手応え
起業とは、決して効率の良い生き方ではありません。
経理も総務も営業もすべて自分で背負い、
税金の支払いに頭を抱え、あらゆる意思決定の責任を自分で背負う。
会社という組織が、見えないところで整えてくれていた「最適化された働き方」から比べれば、
サラリーマン時代とはまた違った意味で、非効率で、無駄も多く、泥臭い日々です。
けれど──
自分の人生のハンドルを、確かに自分の手で握っている、という実感があります。
成功も、失敗も、すべてがダイレクトに、自分に返ってくる。
そのヒリヒリとした痛みと、静かな喜びを、
ごまかすことなく、全身で受け止めていく。
以前、友人社長が言っていた
「会社に対する愚痴はないよ、すべて自分で決めたことだから」
の言葉の意味がやっと分かった瞬間でもありました。
これこそが、52歳の私が手に入れたかった「味わう」人生の正体だったのだと──
初めての決算を終えて、私はようやく、腹落ちしたのです。
【読者の皆様へ:今回の問い】
人生の後半戦を考えるとき、私たちはどうしても──
「いくら稼げるか」「年収が下がらないか」という、
目に見える“数字”に縛られてしまいがちです。
けれど、お金では測れない価値も、確かにあります。
むしろ、後半戦になればなるほど、
その比重は静かに増していくのかもしれません。
だからこそ、あなたにも問いかけてみたいのです。
「もし、目に見える『年収』が一時的に下がったとしても、
あなたが人生の後半戦で手に入れたい『見えない資産』──
経験、自由、仲間、やりがい──は、いったい何ですか?」
すぐに答えが出なくても、かまいません。
その問いを、ふとした瞬間に思い返していただけたら、それだけで嬉しく思います。
もしよければ、コメント欄やSNS(#52歳のリアル)で、あなたの声を聞かせてください。
次回予告
1年目の決算という大きな山を越え、少しだけ肩の荷が下りた私。しかし、息をつく間もなく「2年目をどう戦うか」という新たな問いが立ちはだかります。 事業をさらに拡大(スケール)させるべきか? それとも、自分の手の届く範囲で質を高めるべきか?
次回は、起業家が必ず直面する「成長のジレンマと、自分の『サイズ感』の見つけ方」についてお届けします。 今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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