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数字の計画を前に、手が止まった
前回、私は初めての決算を終えて、「見えない資産」の話をしました。
数字の裏側にある1年分の景色を思い返しながら、静かに肩の荷を下ろした夜のことです。
しかし、その余韻は一週間ともちませんでした。
決算の数字が確定すれば、次にやることは決まっています。2年目の計画を立てることです。
私はExcelを開き、売上の欄にカーソルを合わせました。
前年の数字を見ながら、いくつか上の数字を打ち込んでみます。
そこで、手が止まりました。
数字の羅列の裏に、生々しい葛藤、冷や汗、そして少しの歓喜が張り付いている。
決算書とは、単なる事務処理ではなく、起業1年目の自分の生き様をまとめた
「成績表」なのだと、身をもってしりました。
この数字を上げるためには、今年以上に働く必要がある。
そんなこと、本当にできるのだろうか。
打ち込んだ数字を、私はいったん消しました。
なぜ「もっと働く」以外の選択肢が、浮かばなかったのか
いま思えば、おかしな話です。
売上を伸ばす方法は、稼働時間を増やすことだけではありません。単価を上げる。仕組み化する。人に任せる。対象を絞る。コンサルタントとして、私は他社にそう提案してきたはずでした。
にもかかわらず、自分の計画になった瞬間、頭に浮かんだのは「もっと動く」の一択だったのです。
理由は、はっきりしていました。
会社員時代、私にとって成長とは、ほぼ「拡大」と同義でした。
担当する予算規模が上がる。チームの人数が増える。より大きなプロジェクトを任される。それが評価であり、キャリアの階段でした。
その物差しを、私は独立してからも、無自覚に握り続けていたのです。
だから2年目の計画も、案件数を増やし、稼働を増やし、規模を大きくする方向にしか、伸びていきませんでした。
そして、その計画の中に、一つだけ書いていない項目がありました。
「その品質を、誰が担保するのか」という項目です
答えは、1年目の終盤にすでに出ていた
手が止まったのには、もう一つ理由がありました。
「今年以上に働けるか」という問いに対して、私の体は、すでに一度答えを出していたのです。
1年目の後半、私は打診をほとんど断りませんでした。
断る勇気がなかったのです。売上ゼロの崖っぷちを味わった記憶が、
まだ生々しく残っていました。
「次はいつ止まるかわからない」。その恐怖が、判断を曇らせていました。
案件が三つ、四つと並走し始めます。
最初のうちは、なんとか回っていました。
リモートで支えてくれるメンバーに作業を渡し、私はレビューと打ち合わせに集中する。
効率はむしろ上がったようにすら見えました。
異変に気づいたのは、ある月の後半でした。
メンバーが上げてくれた成果物を、私は「ざっと見て」返していたのです。
以前なら、目的・使い手・評価基準まで遡って、一緒に考えていました。
それが、体裁の修正指示だけになっていました。
さらに、あるクライアントの現場訪問を、二回続けてオンラインに振り替えました。
移動時間が捻出できなかったからです。
誰からもクレームは来ませんでした。数字も、悪くありませんでした。
けれど、自分がいちばんわかっていました。
私が売っていたのは「時間」ではなく「判断」だったはずなのに、その判断の密度が、確実に薄まっている。
胃のあたりに残ったあの重さを、体はまだ覚えていました。
だから、Excelの上でカーソルが止まったのです。

「辻村さんが来てくれるから、頼んでいるんです」
その感覚を、決定的な言葉にしてくれたのは、クライアントでした。
ある製造業の企業で打ち合わせを終え、帰り際のことです。役員の方が、ふと口にしました。
「うちが辻村さんにお願いしているのは、辻村さんが現場まで見に来てくれるからなんですよ」
深い意味はなかったのだと思います。世間話に近い一言でした。
しかし私は、その場でうまく返事ができませんでした。
その方が価値だと思ってくださっていたものを、私は自分の都合で削っていた。
しかも、それを「成長」と呼んで正当化しようとしていた。
帰りの電車で、私はずっと同じことを考えていました。
会社員時代、私は組織という装置の中にいました。
品質を守る仕組みも、レビューする上司も、支える部下もいた。
だから規模を追いかけても、質はある程度まで組織が受け止めてくれたのです。
しかし、いまの私の会社に、その装置はありません。
品質の最終防衛ラインは、私一人です。
だとすれば、私が広げられる範囲には、必ず上限がある。それは能力の問題ではなく、構造の問題でした。
「今年以上に働けるか」という問いの立て方そのものが、間違っていたのだと気づきました。
問うべきだったのは、どこまで働けるかではなく、どこまでなら価値を落とさずに届けられるかだったのです。
サイズを決めるとは、「やらないこと」を決めること
その週末、私は2年目の計画を書き直しました。
売上目標の欄を消したわけではありません。消したのは、「案件数を増やす」という行でした。
代わりに書いたのは、こんな項目です。
- 同時に責任を持つ案件は、常時三本まで
- 提案の前に、必ず現場を一度は見る
- 自分がレビューできない量の仕事は、受けない
- 価格を下げて数を取る、という選択はしない
四つ目は、第10回で価格に向き合った経験がそのままつながっています。
安さで数を取れば、結局レビューの密度が落ちる。同じ失敗を、入り口の側から防ぐということでした。
実際に、この基準に沿って、初めて案件をお断りしました。
メールを書くとき、やはり指は止まりました。
「せっかくの話を断るのか」という声が、頭の中で何度も鳴りました。
それでも送信しました。
数か月後、その企業から別の相談が来ました。
「あのとき正直に言ってくれたので、今回はぜひ辻村さんに」と。
断ることで失う仕事もあります。でも、断り方によって残る信頼もある。
それを、私は身をもって知りました。
会社員時代の「成長」と、いまの「成長」
いま、私は「成長」という言葉の意味を、少し違うところに置いています。
会社員時代の成長は、外側に広がることでした。
いまの成長は、内側が濃くなることです。
去年より多くの案件を持てるようになったかではなく、
去年より深いところまで踏み込めるようになったか。
去年より速く提案できるかではなく、
去年より的確に「これはやらない方がいい」と言えるようになったか。
ひとりで、あるいは少人数でやるということは、
市場のすべてを取りにいけないということです。
その事実を、以前の私は「限界」だと感じていました。
いまは、設計だと思っています。
自分が責任を持って価値を届けられる範囲を、自分で決める。
その線の内側を、徹底的に濃くする。
線の外側は、信頼できる誰かに託すか、あるいは、素直に手放す。
サイズとは、能力の証明ではありません。
守りたい価値を、守り切るための設計なのです。
【読者の皆様へ:今回の問い】
会社の中にいると、「もっと大きく」「もっと多く」という方向にしか、
成長の矢印は用意されていないように見えます。
私も長いあいだ、そう信じていました。
だからこそ、独立して最初に立てた計画も、
「もっと働く」以外の道が見えなかったのだと思います。
けれど、人生の後半戦で本当に問われるのは、
どこまで広げるかではなく、どこで線を引くかなのかもしれません。
だから、あなたにも問いかけてみたいのです。
「いま、あなたが『やらない』と決めていることは、何ですか?」
すぐに答えが出なくても、かまいません。
やらないことが一つも思い浮かばないとしたら、
それは、まだ誰かに線を引いてもらっている状態なのかもしれません。
次回予告
自分の会社のサイズを決めたとき、次に立ち上がってきたのは、もっと素朴な問いでした。
「では、この会社は、何のためにあるのか」
売上でも、規模でもない。人との対話の中から、少しずつ言葉になっていった会社の方向性について。
次回は【第13回】「会社の”向かう先”は、対話の中から生まれた」をお届けします。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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