「完璧な計画が正解」が、自分を動けなくさせていた
55歳前後で次を考えるとき、怖いのは「能力」よりも「信用」と「生活」です。
肩書が外れた瞬間、説明の説得力が落ちる。
失敗の許容度も、若い頃より小さい。だからこそ、「完璧な正解」を探し始めると、逆に一歩も動けなくなる。
「起業したからには、誰が見ても完璧な事業計画を立てなければならない」
コンサルティング会社での経験がある自分にとって、事業計画の作成は慣れた作業のはずでした。
ところが、独立を考え始めてから数ヶ月、自分の会社の事業計画はほとんど進みませんでした。
SIer・コンサルティング会社にいた頃、数千万、時には億単位のプロジェクトの「筋書き」を数え切れないほど書いてきました。市場規模を分析し、競合を定義し、KPIを緻密に設定する。そんなことはお手の物のはずでした。
しかし、いざ主語を「弊社」にし、自分一人の足跡を書き込もうとすると、不安が先行して、考えがまとまらず、言葉にも絵にもできないのです。
- 「自分は独立した後に何をしたかったのか?」
- 「こんなこと、自分にできるのか?」
- 「この単価で、お客さんが見つかるのか?」
- 「子どもの学費、住宅ローンは払えるのか?」
会社員時代の私は、「事業計画書の策定」を一つの仕事として真摯に向き合い、できる限りの支援をしてきました。
ただ、その時は気づけませんでした。計画書には、数字だけでなく、考え・思い・実現性・葛藤が埋め込まれている。その本質まで理解できていなかったことに、ようやく気づいたのです。
自分の計画書を市場でレビューしてもらう
そんな私の思考を少しずつほぐし、「積み上げていく思考」に変えていったのは、周囲の声でした。
見た目がきれいな事業計画資料を作るのは得意です。
プレゼンも経験があり、説明もできる。
だからこそ、その力を頼りに、アプローチできるところ、声がかかった場所には計画書を持って出向き、
何度も説明を重ねました。
公的機関、金融機関、仕事でお付き合いのあった方、友人。幅広い人たちに話しました。
「さすがコンサルタントが作成する事業計画書ですね」——そう言っていただくことも多かったのです。
しかし、友人の反応は違いました。
「辻君が考えている仕事って、結局何?」
「この金額で本当にいいの?」
「そのポジションなら、もう会社にいた方がいいよ」
社交辞令と本音が入り混じる世界です。
何を信じ、何を切り捨てるのか。
起業の入口にいると、できれば“良い言葉”を信じたくなります。
それでも、友人たちの言葉は消せませんでした。
耳障りが悪いのに、なぜか一番、核心を突いている気がしたのです。
そして、ある友人が決定打を放ちました。
「資料は立派。でも、辻君一人で実行できる前提が書いてないよ」
その一言で、計画書が「正しさの証明」になっていたことに気づきました。
私は、計画のために計画を作っていました。動けない理由を、完璧さで覆っていたのです。
白紙になった事業計画
そんな日々の中で、少しずつ理解できたことがあります。
これまで作ってきた事業計画書は、企業戦略という“地図”が先にありました。
どこへ向かうかが、すでに決まっていた。
だから計画が描けたのです。
一方、独立後の私が作ろうとしていたのは、本当の白紙でした。
「一人になったとき、自分は何ができるのか」
ここが腹落ちしていない限り、計画は書けない。
そう腹の底で理解した時点で、もうどうにもならなくなりました。
私は、作成した事業計画を削除しました。
削除ボタンを押した瞬間、胸の奥が冷たくなりました。
「逃げたのかもしれない」という疑いと、「やっと前に進める」という安堵が、同時に来たのを覚えています。
やりたいこと、できること、そして「やらないといけないこと(生活・責任)」を同時に視野に入れたとき、
作成済みの計画が、何も描けていないことがはっきり見えたのです。
動きながら作っていこう
「とりあえず、できることをやろう」
「目の前の仕事をこなそう」
「生活が回るように組み立てよう」
「仕事のチャンスがあれば、そこに行こう」
そういう動きに変えていきました。というより、そうするしかなかった。これが正直なところです。
コンサルタントだった自分にとっては、格好のつかないスタートでした。
事業計画もなく、売り物もなく、生活のために目の前のことに取り組む。
部下がそんな事業計画書を作ってきたら、私はやり直しを指示していたはずです。
それでも、自分のことになると、どうにもならないのです。
思えば、人類が地図を作り始めた頃の地図は、不格好だったはずです。
一歩ずつ見えるようにし、時間をかけて精度を上げ、形を整えていく。
地図の上では出来事が起こり、状況も変わり、中身も更新されていく。
これまでの私は、効率一辺倒でした。無駄なものはなくす。
問題があれば整理して解決する。
しかし、それだけではどうにもならないことが目の前に現れました。
そこから私は、「新たに積み上げる人生」へ舵を切ったのだと思います。
【今回の問い】
私の起業は、格好良いスタートではありませんでした。
それでも今となっては、やりたいことが見え、形も頭の中にイメージできるようになりました。
あなたは今、かつての私のように、
「完璧な正解」が見つかるまで、その場に立ち止まっていませんか。
立場が変われば、取り巻く環境は一気に変わります。
知らないものは作れない。だから、進みながら学ぶしかない。
そこには、どんな緻密な計画書にも載っていない、あなただけの「本物の手応え」が待っているはずです。
もし足が重いなら、今日は一つだけで十分です。
あなたの専門性で助けられる相手を一人決め、30分の壁打ち(相談)を提案してください。
その場で確認するのは、たった3つで構いません。
①相手の痛みは何か/②解決できそうか/③いくらなら払うか。
この3点が揃うと、計画は「空想」から「検証」に切り替わります。
次回予告
小さな一歩を踏み出した私に、次なる壁が立ちはだかります。「仕事の作り方」です。
会社の看板も、過去の役職も通用しない世界で、どうやって「信頼」を紡いでいくのか。
次回、【第8回】仕事の取り方は“昔の人脈”と“新しいつながり”の合わせ技。
過去の資産を再評価し、勇気を出して新しい海へ漕ぎ出した私の試行錯誤の物語をお届けします。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回予告
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辻村裕寛(つじむらやすひろ)代表取締役兼CEO
IT系ベンチャー企業、SIer、コンサルティングファームを経て独立起業。現在は、働きがいと豊かさで次世代が夢を描ける社会を創るをMissonに、企業業と働く人々へのコンサルティングで持続的な変革を支援し新しい価値を創造ことをvisionに掲げ活動しております。お客様には①「変化を見抜き価値を創る」コンサルティング、②「学びで育む次世代の成長」を支える研修講、③「知恵を届け未来を動かす」執筆サービスを価値としてお届けしております。
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